高齢者の認知機能・日常生活動作への改善効果に期待か――TEAS(経皮的経穴通電刺激法)治療の研究結果/全日本鍼灸学会雑誌

日本では、急速に高齢化が進んでおり、今後、痴呆性の高齢者が激増すると予測されています。

認知症高齢者に対しては、薬物療法、運動療法、作業療法など、さまざまな治療法が試みられていますが、現時点では予防法・治療法ともに確立されていません。

また、鍼灸分野における認知症へのアプローチについては、これまでの報告例が少なく、十分に検証されていないのが現状です。

こうした背景をもとに、明治東洋医学院専門学校澤田氏らによって、運動療法のみを行う場合と、運動療法にTEAS(経皮的経穴通電刺激法)を併用する場合の効果を比較する研究が実施されました。

本研究により、TEAS(経皮的経穴通電刺激法)による治療が、高齢者の認知機能や日常生活動作の改善に有効である可能性が示されました。

運動療法のみの場合に比べて、運動療法にTEAS(経皮的経穴通電刺激法)を併用することで、より高い改善効果がみられたという報告になっています。

目次

試験内容・研究デザイン

本研究では、おおまかに以下の方法で比較試験を実施されています。
※試験方法(研究方法)の詳細について、以下より確認ください。

原著:高齢者の知的機能および 日常生活動作に及ぼすTEAS治 療の効果について

【対象対象(簡潔版)】
70歳以上の入院患者105名

【グループの分類・比較グループ】
・運動療法単独群
・運動療法とTEAS治療の併用群

【TEAS治療(経皮的経穴通電刺激法)の方法】
刺激部位:左右の合谷(ごうこく)-手三里(てさんり)
周波数:2Hz
強度:軽度の筋収縮が生じる程度(約100V)
通電時間:15分間
実施頻度:週3回
実施期間:8週間継続

【評価方法(簡潔版)】
本研究では、認知機能と日常生活動作(ADL)を以下の指標で評価。
・評価時期:治療開始前、4週後、8週後の3回
・評価者:同一検者が同一場所で実施
・評価基準:2つの評価基準を採用(以下、詳細)

評価①:HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)
見当識(年齢・日時・場所)、記銘力、注意と計算、数字の逆唱、記憶再生、物品呼称、言語流暢性などで構成。
満点は30点で、20点以下を「痴呆」、21点以上を「非痴呆」とすることで高い識別力を示す。

評価②:老人行動評価尺度(ADL評価)
身体機能(移動・視覚・聴覚・排泄・摂食・入浴・整容)と、社会的行動(病棟作業の手伝い、個人的反応、集団活動)を評価項目とし、満点は50点。

※改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)とは、日本の精神科医・長谷川和夫氏によって開発され、1991年に現在の形式に改訂されました。

このスケールは、高齢者の認知機能を評価するための信頼性の高いスクリーニングテストで、記憶・見当識・計算能力などを測定します。9つの設問で構成され、満点は30点。20点以下は認知症の可能性が高いとされます。

医療や介護の現場で広く活用されており、認知機能の低下が疑われる際の初期評価として使われています。

運動療法とTEASの併用で、認知機能・ADLが改善かー特定層で有意差あり

HDS-Rの総スコアは、「運動療法単独群」「運動療法とTEAS治療の併用群」の両群ともにスコアは有意に上昇しました。

とくにHDS-Rスコアが11〜15点の層(MCI~軽度認知症レベル)においては、TEAS併用群で有意な改善傾向が見られています。

HDS-Rでは「日時の見当識」「記憶の再生」「物品呼称」、ADLでは「移動」「排泄」「整容」などに改善が多く見られ、運動療法とTEASを併用した群の方が、運動療法のみの群よりも改善者が多く見受けられました。

現時点で、認知症に対する確立された治療法が存在しない中、本研究で得られた結果から、TEAS治療を軽度認知症の予防や治療の一環として積極的に活用する可能性が示唆されました。

また、研究期間中を通して、TEAS治療による副作用や治療過誤は一切認められなかったことから、安全性・簡便性・操作性に優れた治療法として、高齢者にも非常に適していると考えられています。

TEAS治療のメカニズムと今後の課題

TEAS治療が高齢者の認知機能に影響を与える具体的なメカニズムは未だ明らかになっていません。

想定される作用としては以下のような複数要因が関与している可能性があります。

【現状で考えられるTEASの作用メカニズム(認知機能改善への関与)】

1. 脳血流量の増加

  • TEAS刺激による経皮的電気刺激(微弱電流)が、頭部や四肢末端の血流調整を介して脳血流量を改善する可能性がある。
  • 実際、鍼通電刺激によりヒトの局所脳血流と代謝が増加したとの報告(矢野ら)や、アセチルコリンを介した皮質血流増加(Kurosawaら)が示されており、同様の作用がTEASでも起こっていると推測される。
  • 認知症患者では皮質脳血流の低下がしばしば認められ、言語や記憶、注意力などの機能低下と密接に関連している。
  • TEASによってこの血流が改善されることで、脳の栄養・酸素供給が向上し、認知機能が活性化されると考えられる。

2. 中枢神経系への間接的刺激(体性感覚刺激 → 脳刺激)

  • TEASは体表の特定部位(経穴)への電気刺激であり、これが脊髄~脳幹を介して中枢神経系を間接的に賦活すると考えられる。
  • 特に、感覚入力が視床を介して前頭葉や海馬、帯状回などの高次認知機能領域に伝達されることで、認知的覚醒や注意力の向上が期待される。
  • TEASのような軽微な電気刺激は、交感神経と副交感神経のバランス調整にも寄与する可能性があり、結果として情動安定や集中力の改善にもつながる。

3. 日常活動性(ADL)と脳機能の相互作用

研究では、身体機能の改善(移動・整容・排泄など)と認知機能の改善に相関関係があることが示唆されており、全身状態の改善が脳機能にもポジティブに作用していると考えられる。

TEAS治療は運動療法と併用されることが多く、これにより日常生活動作(ADL)の向上が見込まれる。

身体活動の増加により、脳の可塑性が促進され、神経回路の再編成や神経伝達効率の改善が生じる可能性がある。

 実際、本研究ではTEAS併用群の方が運動療法単独群よりも効果が高かったことから、こうした多要因の相乗作用が認知機能の改善に寄与している可能性が高いと考えられています。

 認知機能低下の要因としては、脳皮質の血流量低下や神経伝達物質の異常などが指摘されています。

とくに脳血流量の低下は、言語機能や認知機能の障害に影響を与えると言われています。

一部研究では、鍼通電刺激が局所脳血流や代謝を改善する効果が報告されており、TEASも同様に脳血流を増加させることで、認知機能の改善を促している可能性があります。

現在、キセノンCTによる局所脳血流測定などを用いた生理学的検証が進められており、今後の作用機序の解明と臨床応用に向けた研究の進展が期待されています。

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(セイリン株式会社 西村:ライター )

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高齢者の知的機能および 日常生活動作に及ぼすTEAS治 療の効果について

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